
決めたら絶対に貫(つらぬ)く
柔らかな物腰で、穏やかな口調を崩さない。そんな温厚篤実(とくじつ)な顔を持つ一方、父親譲りの頑固者。北区議を5期務めるに矢島修(62)は「やると言ったら絶対曲げない」熱血漢だ。
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「HTLV-1」
当事者の声から母子感染防ぐ
初当選して約半年後の2007年秋。主に母乳で母親から赤ちゃんに感染し、血液がんなどを引き起こす原因となるウイルス「HTLV-1」の存在を知る。脊髄症(HAM)を発症し歩行障害に向き合う区民の久保田孝子さん(72)との出会いがきっかけだった。

詳しく調べるうちに「知らず知らずに我が子にうつしてしまったお母さんがどれほど苦しい思いをしているか・・・。絶対に放っておけない」と奮起。08年5月、何か支援策を見いだせないかと、遠く1000キロほど離れた鹿児島に住む当事者団体の菅付(すがつき)加代子さんのもとを地元の公明市議と訪ねた。
当時、HIMは九州の「風土病」と見なされていたが、各地に広がる実態を重く受け止め、宮島は「東京でできることをやります」と帰京。直後の同年6月定例会で母親らの思いを代弁し、09年から母子感染防止の啓発チラシを母子手帳に挟(はさ)む取り組みを形にした。
さらに、党のネットワークで難病指定を後押しし、各地の議会で国に総合対策を求める意見書運動も展開。妊婦健診による抗体検査や相談支援体制の確立につなげ、今では毎年の母子感染車が大幅に減少するなど、成果を上げている。

「宮島さんは私の誇り」「久保田さんがいたから頑張れた」と笑顔で言葉を交わす久保田さん(左)と宮島議員
車いすで区議会の傍聴席に何度も足を運び、論戦を見守ってきた久保田さんは「宮島さんは私の誇り。本気で勉強して、ずっと関わってくれて。一番頼りになる議員さん」と微笑みかける。

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17年のある日、中学3年のまな娘が突然、「朝、起きられない」と不調を訴え、思うように投稿できなくなる。原因はなかなか分からず、高校に進んでからも症状は続いた。
「どうしてうちの子が」「育て方が悪かったかも」。自らを責めることもあったが、その経験から「親の会」や精神障がい者の支援団体との交流が始まる。悩みを抱える保護者の苦しみに等身大で寄り添い、当事者の視点から不登校対策や福祉施策を力強く進めた。
会派を挙げ、区独自でのフリースクール利用料の助成や、児童生徒がインターネット上の仮想空間で交流できる居場所づくりに結びつけたほか、公共交通機関での移動が難しい精神障がい者(保健福祉手帳の等級が1級の人)へのタクシー券配布も実らせている。
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宮島は長年、地元・谷津(やつ)自治会の役員として奮闘し、地域に根を張る。毎年夏に開かれる自治会の盆踊りでは、綿あめ作りを担(にな)い、額に汗して1日で200~300本をつくることも。地元の子どもたちからは「綿あめのおじさん」と親しまれる。
地域活動を通じて多くの声にも耳を傾け、石神井(しゃくじい)川へのライブカメラの整備など氾濫(はんらん)対策や、公園への防災倉庫の設置を推進し、安全・安心対策に心を砕く。山本一登会長は「本当によく働いてくれる。みんなからも信頼されているよ」とたたえる。

「24時間、365日いつでも連絡を」と住民に語りかける宮島。深夜に電話が鳴ることもしばしばあるが、就寝後でも必ず目覚めて応対する。「今でも緊張しているんでしょうね。火事が起こればすぐに飛んでいきます」。火災現場に『消防車より早く駆けつける』スピード感で、現場第一主義に徹し抜く
※取材後記
平日の朝は駅頭に立つ
5期目の当選を果たした翌日から平日はほぼ毎朝駅頭に立ち、あいさつをする宮島議員。通信を配りながら通学する人や通勤客ときちんとアイコンタクトを交わし、コミュニケーションを取りたいと。

「一度決めたら絶対に貫きますから」(妻の美江さん)。
住民とわずかでも接点を持ち、声を聴き届けようとの姿に、頑固者の静かな闘志を感じた。 (輝)
2026年7月5日(日曜日) 公明新聞・東京・山梨版より
